『逢魔』唯川恵 恐怖と密接しているもの
今回読んだのは唯川恵さんの『逢魔』です。妖怪や実際に物語に登場した物の怪や、その物語自体を元にして書かれた短編集でした。
そして、その物の怪や霊たちに心を奪われたり、恋に落ちたりする作品になっていました。
https://www.shinchosha.co.jp/sp/book/133438/
〈感想〉(※以下ネタバレ含む)
「夢魔の甘き唇」
こちらはろくろ首を元にした作品でした。私は大学で古典文学を主に研究しているのですが、昔の(今もかもしれませんが)女性の執念深さは強いものなのだと改めて感じました。 毎夜化けて出てくるろくろ首でしたが、ろくろ首はもっと可愛らしいというか親しみやすいものだと思っていたのでびっくりしました。化けて霊のように出ると言うよりかは丑三つ時に外で出くわした美しい女性が実は…というイメージだったので。ろくろ首の起源はよく分かりませんが、いつまでも帰ってこない夫や恋人を待つ気持ちが募って恐ろしい化け物に変わってしまうということから生まれた化け物なのでしょうか。昔は今と違って出先で病気になって死んでしまったり事故で死んでしまい、連絡が取れないなんてことは普通だったでしょうから。
ろくろ首はすごく悲しい妖怪なのだと思いました。
「朱夏は濡れゆく」
露が新三郎に惹かれた理由がよく分からなかったので、そこが疑問です。見落としているかもしれませんが…。牡丹灯籠が元となっている作品だそうですが、元ネタを知らなかったので機会があれば読みたいです。(というか、今後授業で学ぶかもしれません)
とにかく表現が美しい作品だったと思いました。例えば「肌が紅く燃えた」、など。そのため、より官能的な要素が効果的に際立っていると思いました。
結ばれない恋だったので、本当に切ないお話でもありました。新三郎は女癖が元々悪かったと思いますが、露自身に対しては何も悪いことをしていなかったので余計に哀れ(?)でした。最後信三郎もあの世に行ってしまいますが、それで果たして彼にとって良い事だったのかと考えてしまいます。
「蠱惑する指」
まず、蠱惑(こわく)の意味が分からなかったので調べてみました。「人を乱し惑わすこと。たぶらかすこと」という意味でした。菊の指のことを表しているのだと思いました。菊というキャラクターが出てきましたが、この話は番長皿屋敷を元にしているということでした。菊は番長皿屋敷のヒロインで、井戸に身を投げてしまうところまでオマージュしていました。最後加代の産んだ赤ん坊が菊にそっくりで、菊の死んだすぐ次の日に生まれたという終わり方は秀逸でした。加代の寂しさによる幻覚でそう見えたのかと思いましたが赤ん坊を取り上げた産婆も動揺していたのでそうではなかったようです。どこかの国のお話で、赤ん坊を川に流したりしてその後に産んだ子が、容姿は似ていなくても「なんで捨てたの」と言ってきたという話を聞いたことがあったのでその話を思い出しました。
「陶酔の舌」
蛇性の婬(じゃせいのいん)をモデルにした作品でしたが、授業で学んだことのあるのがうろ覚えだったので読みながら思い出しました。ほとんど同じ内容だったと思います。始めのあたりからこの世のものではない(蛇である)というフラグが立っていて伏線の役割を果たしていたと思います。結末として「朱夏は濡れゆく」のように一緒に妖怪と共に違う世界に行ってしまうのかと思ったら蛇性の婬と同じ結末でした。でもまだ未練があるようだったので、私は蛇性の婬の豊雄には未練があったと思いますがこの作品もその部分を描いていてとても共感できました。
「漆黒の闇は報いる」
怪猫伝というものはよく知りませんでしたが、化け猫の話は私自身猫が好きなので知っています。化け猫は行灯の油を舐めるというのを聞いたことがあります。その描写がこの作品の中にもありました。しかし、自分の主人を殺した豊ではなく、その夫と息子を殺すというところが実に陰湿ですがより豊を苦しめることとなったと思うのでそれも化け猫(怪猫)の恐ろしさを表しているのではないかと思いました。
「無垢なる陰獣」
今までのような話とはうってかわって、あまりアダルティーな要素はなかったように感じます。四谷怪談は少しだけなら内容は理解しているので、展開が予想しやすかったのが少し残念なところです。でも、私は宅悦が自分から言わに薬を盛ると思っていたのでそこは予想外でした。また、最後岩も梅も同じ醜い顔になってしまうところも意外な結果でした。因果応報、自業自得ということなのだと思いました。誰も幸せになれなかったので救いのないストーリーだと思いました。結局伊右衛門はずっと死んでも尚、岩のことを愛していたということが唯一救いというか感動的なところではあるかもしれません。
「真白き乳房」
この作品は、民話の山姥(やまんば)を元にしたお話でした。山姥の話はよく知りませんが、30代の女性の姿で現れるというイメージはありませんでした。食った人の頭を桶に沢山入れていて、それを草太が見つけて殺されそうになるところは、グリム童話の「青ひげ」を連想させました。切なくて、少し心の温まる話でした。山姥にも人の心はあったのだなぁと思いました。
「白鷺は夜に狂う」
『源氏物語』の六条御息所を元にした作品でした。私は『源氏物語』では六条御息所が一番好きなキャラクターです。私は女性の語り口調の作品がとても好きで、読んでいてより六条御息所の源氏への強い気持ちが感じられたので六条御息所が可哀想だと思いました。また、幼名が白鷺ということを知らなかったのでここで知ることが出来て良かったです。
作品として、『源氏物語』の実際に六条御息所が登場するシーンに沿ってストーリーが進んでいくので何というか、わかりやすかったです。
ところで、なぜ葵の上に物の怪となってとり殺したのに、その子供は殺さなかったのかが未だにずっと疑問です。
「恋は盲目」などと言いますが、六条御息所の様に一途なことは良いことかもしれません。ですが、六条御息所がこの様になってしまったことは彼女の弱さであり、良いところでもあると思いました。彼女自身も物の怪になろうと思ってなった訳では無いのですから。六条御息所が物の怪になってしまったというよりかは恋心が六条御息所に取り憑いてしまったのかもしれませんね。
この物語に共通するところは意図的かもしれませんが、美しい女性が出てくるということでした。美しい女性と恋に落ちたり、結婚することは幸せなのかもしれませんがだからこそ狂気を抱えていたりするのかもしれません。(美しい女性とそのような関係になることは悪いと思いません。)昔の物語や民話としても美しい女性が実は化け物だったという方が面白いという事情もあったのだと思います。
また、女性の執念深さや陰湿さや恋愛のドロドロしたところも共通していたと思います。
官能とホラーは意外と密接しているものなのだと思いました。海外ホラー映画によくあると思うのが、ゾンビなどとそういう行為をしたりすることややたらそういったセクシーなシーンです。快楽と恐怖は紙一重なのかもしれません。
自分の部屋の本棚に合った本を適当に選んで読んだのでこんなにアダルティーな内容だと思いませんでした。でも私はホラーが嫌いではないので、楽しむことができました。
あとがきまで面白かったので、良かったら読んでみて下さい!